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2018年7月13日 (金)

雅やかな十二単の世界〜香淳皇后

皇族女性の結婚や即位の礼が近づいているので、宮中の有職衣装について振り返っています。

 

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私個人としては、近現代で最も十二単がお似合いになる女性と言えば香淳皇后ではないかと思います。十二単がとても自然と言いますか、何か特殊な装いをしているような印象を受けないと言いますか。「今日ちょっと十二単な気分だったのよ」って感じです。1980年生まれの私にとっては、リアルタイムでお姿を拝見する機会があまりない皇后さまでした(昭和50年代にお怪我をなさったため)。昭和の天皇陛下のご公務といえば「お一人」のイメージです。なので、お若い頃の画像がとても新鮮なんですよね。

 

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ご結婚前。良子女王殿下でいらした頃。一重(奥二重?)の目の涼しさ。

 

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大正13年1月26日、ご婚儀の際の装束。五衣の「松重」は濃い蘇芳、蘇芳、萌黄を順に淡くしたものを三枚重ねます。

唐衣:紅亀甲地白か葉付菊(裏薄紅小菱)
表着:紫雲立涌地白松喰鶴(裏薄紫平絹)
打衣:濃色無地綾(裏濃色平絹)
五衣:松重雲立涌(裏同色平絹)
単:濃色幸菱 

髪を結い上げたのは東坊城権掌侍、着付けは前衣紋が日野西子爵夫人、後衣紋は清岡子爵夫人、控えの役を菊亭侯爵夫人が担当。

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ちなみにお若い頃のお二人の日常の生活ぶりは貞明皇后が「(皇太子時代に洋行した影響か)ちょっと西洋かぶれ」と言われることもあるくらいモダンだったそうです。美男美女!

 

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昭和天皇即位の礼の装束。装束の襲の色目などは、大正即位礼の際に貞明皇后のために用意されたものを踏襲されたそうです。大正即位礼の装束は学者さんや専門家が考証を重ねてかなり労力をかけて作成されたので、実際の儀式で使われないまま終わるのはしのびないと思われたのかもしれません。板引加工がなされていない点が異なります。

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ちなみに昭和に入ってからの戦前の皇族の皆さま方です。こんなに大勢いらっしゃったのね・・・。基本的に平成即位の礼と同じ衣裳をお召しです。勢津子さまがいらっしゃって喜久子さまがいらっしゃらないことから1928年か1929年の写真と考えると40歳半ばくらいを境に衣裳の色が異なるようです。前列の女性皇族だけでもお名前をあげますと左から。

 

久邇宮俔子妃(1879〜1956年)島津侯爵家出身
伏見宮経子妃(1882〜1939年)徳川慶喜公爵の子女
秩父宮勢津子妃(1909〜1995年)松平子爵家出身(叔父の養女となった)
伏見宮朝子妃(1902〜1971年)一条公爵家出身
賀陽宮敏子妃(1903〜1995年)九条公爵家出身
梨本宮伊都子妃(1882〜1976年)鍋島侯爵家出身

 

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昭和の即位礼で賀陽宮妃が着用した十二単。文化学園服飾博物館所蔵。

 

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秩父宮妃勢津子さまがお召しになった十二単も。

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京都国立博物館に所蔵されています。

 

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ちなみに臣下の装束はこんな感じでした。即位の礼のために参内する近衛文麿夫妻。千代子夫人は袿袴姿です。

 

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戦時中や戦後の物資の少ない頃はこのように簡素なお姿だったこともあったようです。でも拘りなく朗らかなお顔。これは宮廷服(宮中服)と呼ばれたスタイルで、戦時中の昭和19年に考案されました。一反の和服生地から上下を作ることが出来ます。上半身は和服風の襟合わせ、下半身は袴のようになっていて、帯は使いません。

 

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昭和20年代後半には「お掛け」という打掛のような着物が用いられた時期も。刺繍で花模様が施されたものを色違いでお召しになったそうです。昭和29年には明治から続いて来た服装令が廃止されます。

 

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現在の天皇陛下の成年式における装束。

 

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昭和42年(1967年)ゆとりが出来てから改めて即位の礼の際の装束をつけて撮影したもの。

 

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こちらが前例とされた貞明皇后の十二単。五衣の色が違いますね。

 

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唐衣、五衣や裳を省いた略装の小袿姿。

 

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またお母様として内親王のご結婚の時の装束にも心を配られたと思いますので、そちらも探して見ました。

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昭和18年(1943年)10月13日、照宮成子内親王ご結婚。東久邇宮妃に。戦時中なので香淳皇后のお若い頃の装束を使われました。

唐衣:萌黄亀甲地桃色かに梅(裏紫小菱)
表着:蘇芳菊唐草地白菱菊(裏紫平絹)
打衣:濃色固地綾(裏濃色平絹)
五衣:白葉菊立涌(裏萌黄平絹)
単:濃色幸菱

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昭和25年(1950年)5月20日、孝宮和子内親王と鷹司平通氏のご結婚。鷹司平通氏は後に別の女性と心中事件(事故とも言われる)を起こし死別。その後一人で暮らしていらっしゃるところを強盗に襲われるなど不運に見舞われる時期もあったそうです。

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式から帰宅してケーキ入刀する一場面。上の写真の亀甲に向鸚鵡の小袿とは異なる装束ですね。

 

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昭和27年(1952年)10月10日、順宮厚子内親王と池田隆政氏のご結婚。

 

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昭和35年(1960年)3月10日、清宮貴子内親王と島津久永氏のご結婚。この頃には明治からの服装令が廃止されていますので、一般的な和服をお召しです。昭和の時代は天皇皇后両陛下は実のご息女の晴れの日と言っても、こうして新婚夫婦のご挨拶を受けたり、見送ったりなさるだけだったのでした。披露宴に出席されるのは平成に入ってからのことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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